命を、余さず届ける。── 足利マール牛に宿る、美しい生き方
2026年04月09日
<PROFILE> 長谷川 紀子(はせがわ のりこ) 株式会社長谷川農場 ブランドマネージャー
福岡県出身。大学で中国語を学び、都内企業勤務を経て、星野リゾート「星のや軽井沢」に勤務。結婚を機に栃木県足利市へ移住し、長谷川農場にて農業の世界へ。
現在は、肥育牛約700頭、米麦、アスパラガス、玉ねぎなどを手がける同農場において、ブランド構築・販路開拓・広報を担う。ワイン用ぶどうの搾りかすを活用した循環型農業を背景に、ブランド牛「足利マール牛」を展開。
農業の価値を“育てる”だけでなく“届ける”ところまで設計し、SNSやライブ配信を活用した販売・発信にも注力。
命と向き合う現場に立ちながら、その価値を言葉と体験に変え続けている。
4児の母。
Beauty Japan 2025 日本大会にて外見だけでなく、生き方や社会への影響力が総合的に評価される最高賞「The ONE」受賞。
「美しさは、生き方の中に宿る」──それを体現する一人。
牛の命をいただきながら、それを届けきれずに捨ててしまう。
その現実に直面したとき、長谷川紀子さんは、立ち止まらなかった。
逃げたかった過去も、くすぶっていた時間も、すべて引き受けて、
「届ける」側へと、自らを変えた。
一頭の命を余さず届けること。
その背景にある物語ごと、食卓へ運ぶこと。
足利の地で生まれた「足利マール牛」は、
単なるブランド牛ではない。
それは、生き方そのものだ。
Q. これまでの経歴について教えてください
福岡で生まれ育ち、明治大学に進学して体育会のテニス部に所属していました。
毎日が厳しくて、でもその分、やり切ることや続けることの大切さは、あの頃に叩き込まれたと思っています。
学生時代に『カンブリア宮殿』で星野リゾートを知り、衝撃を受けました。
“こんな世界があるんだ”と。
空間や体験を通して、人の心を動かす仕事に強く惹かれて、星のや軽井沢に就職しました。
そこで現在の夫と出会い、結婚。
そして2013年、「このまま会社員として生きるのか、それとも自分たちで人生をつくるのか」と向き合い、独立を選びました。
その選択の先にあったのが、栃木県足利市の長谷川農場であり、農業という世界でした。
正直、その時はまだ、自分の人生がここまで大きく変わるとは思っていませんでした。
Q. 農業の世界に入ってからはいかがでしたか
最初の5年間は、本当に苦しかったです。
理想と現実の差があまりにも大きくて、
「なんでここに来てしまったんだろう」と思うことも何度もありました。
農家の嫁という立場にも馴染めず、
自分の役割も見えず、ただ時間だけが過ぎていくような感覚でした。
逃げたい、ここから離れたい、
そんな気持ちをずっと抱えていて、
仕事や会社とも距離を置いていた時期もありました。
今振り返ると、あの時間は“止まっていた”というより、
自分の中で何かがずっと燻っていた時間だったのかなと思います。
Q. 転機は何だったのでしょうか
コロナでした。
出荷が止まり、牛の命をいただいているのに、
それを届けることができず、廃棄せざるを得ない状況になってしまった。
命を奪っているのに、
誰の元にも届かず、ただ捨てていく。
あの光景は、本当に衝撃的で、今でも忘れられません。
その時に、「このままじゃ終われない」と思いました。
自分に何ができるかを考えた時に、
営業や発信なら、自分がやれるかもしれないと思ったんです。
そこからすべてが変わりました。
足利マール牛というブランドを立ち上げ、
ロゴやデザイン、文章もすべて自分で手がけて、
“どうすればこの価値が伝わるのか”をひたすら考え続けました。
BtoBだけでなく、一般のお客様にも直接届ける形に変え、
SNSやライブ配信にも挑戦しました。
1時間のライブ配信で100万円以上の売上が立ったこともあります。
でもそれは単なる売上ではなくて、
「ちゃんと届いた」という実感でした。
あの時、“伝えること”は価値そのものなんだと、初めて体で理解しました。

Q. 長谷川農場と「足利マール牛」について教えてください
長谷川農場では、肥育牛約700頭を中心に、米や麦、アスパラガス、玉ねぎなども手がけています。
その中で展開しているブランドが「足利マール牛」です。
和牛とホルスタインの交雑種で、
赤身の旨みとサシのバランスがよく、柔らかくて、それでいて重くない。
日常の中で、ちゃんと食べ続けられるお肉です。
特徴的なのは、COCO FARM & WINERYさんのワイン用ぶどうの搾りかす(マール)を飼料として活用していること。
その堆肥を畑に還元し、また農産物が育つ。
“命が循環していく仕組み”を、農業の中で実現しています。
もともと私たちの牛は、「国産牛」として流通してしまい、
どこで、誰が、どんな想いで育てているのかは、ほとんど伝わっていませんでした。
それが悔しくて。
だからこそ「足利マール牛」という名前をつけ、
土地と、人と、想いをちゃんと乗せて届けたいと思っています。
お肉そのものだけではなく、
その背景にある時間や物語ごと、食べてもらいたい。
それがこのブランドの本質だと思っています。
Q. 仕事に対する想いを教えてください
1頭の命を、すべて届けたい。
その想いが、すべての原点です。
牛肉はサーロインやヒレだけではなく、
すべての部位に意味があって、価値があります。
それを届けきらずに、次の命に進むことはしたくない。
過去に見た、「捨てられていく肉」の景色が、
ずっと心に残っているからです。
だから私は、ストーリーごと届けることにこだわっています。
どんな人が、どんな想いで育てたのか。
どんな環境で育ち、どこへ届いていくのか。
そこまで含めて届けてこそ、
初めて“食べる”という行為に意味が生まれると思っています。
文章もすべて自分で書いています。
一番知っているのは自分だから、
一番責任を持って伝えたいと思っています。
Q. Beauty Japan「The ONE」受賞について教えてください
Beauty Japanは、美しさを競う場ではなく、
その人の生き方や、社会にどう影響を与えているかが問われる大会です。
私はSociality部門で評価していただき、
総合グランプリである「The ONE」を受賞しました。
これまでやってきたこと、
特に農業の価値をどう社会に届けるかという活動を、
評価していただけたのではないかと思っています。
外見ではなく、生き方そのものを見てもらえたことは、
とても大きな意味がありました。
自分がやってきたことが、
間違っていなかったんだと、背中を押されたような感覚でした。
Q. 周囲からはどのような方だと言われますか
「行動力の鬼」と言われることが多いです。
思い立ったらすぐに動く。
やると決めたら、とにかくやり切る。
あまり立ち止まることはないかもしれません。
でもそれは、
止まってしまったら、あの時の景色に戻ってしまう気がするから。
だからこそ、動き続けていたいと思っています。

Q. 「美しい」と感じる瞬間はどんな時ですか
夫のおばあちゃんが、畑で採れた野菜を持ってきてくれるんです。
その、とれたての野菜を食べた時に、
「美しい」と思いました。
私は福岡で、デパートで買った食材を食べて育ってきたので、
あの味は、本当に衝撃でした。
ただ新鮮というだけじゃなくて、
そこに“生きているものを食べている”という感覚があって。
食べることって、本当はこういうことなんだと、
初めて気づいた瞬間でした。
それ以来、
自分が届けるものも、そうありたいと思っています。
Q. 今後のビジョンを教えてください
足利マール牛を、全国、そして世界へ広げていきたいです。
そして農業としては、
「かかりつけのお医者さん」がいるように、
「かかりつけ農家」がいる世界をつくりたい。
体調が悪い時、元気が出ない時、
自然と頼れる存在として、食で人を支える。
そんな関係性が、当たり前になる社会をつくりたいと思っています。
マール牛に出会えたことで、
自分の人生は大きく変わりました。
最初の5年間は、本当に苦しかった。
農家の嫁であることが嫌で、ずっとくすぶっていた。
でも今は、この仕事に出会えてよかったと、心から思っています。
あの時間があったからこそ、
今、自分はここに立っているのだと思います。